ひつまぶしを「土用の丑の日」に食べるのは、いつから始まったのか
名古屋のひつまぶしと聞いて、多くの人が思い浮かべるのは「特別な日のごちそう」という印象かもしれません。でも実際には、この料理が広く知られるようになったのは意外と最近のこと。そして「土用の丑の日にひつまぶし」という組み合わせは、いつから定着したのか——私自身、初めて栄の老舗で食べたあの夜、ふとそんな疑問が湧いてきました。
帰宅後、何度も取り寄せを繰り返しながら調べていくうちに、ひつまぶしと土用の丑の日の関係には、想像以上に深い歴史と地域文化が絡み合っていることが分かってきました。
「土用の丑の日=ウナギ」の起源は江戸時代
まず押さえておきたいのは、土用の丑の日にウナギを食べる習慣自体は江戸時代から存在していたという事実です。夏の土用(立秋前の約18日間)の丑の日に「う」のつく食べ物を食べると夏バテしないという民間信仰があり、その中でウナギが特に栄養補給に適した食材として選ばれました。
ただしこの時代、ウナギは主に江戸(現在の東京)を中心とした関東圏の食文化。蒲焼きを白飯に乗せた「うな丼」や「うな重」が主流で、名古屋のひつまぶしとは調理法も食べ方もまったく異なるものでした。
ひつまぶしが生まれたのは明治時代
一方、ひつまぶしが名古屋で誕生したのは明治時代と言われています。当時、ウナギの蒲焼きを木製の櫃(ひつ)に入れて提供していた店が、余ったウナギを細かく刻んでご飯に「まぶす」ようにして出したことが始まりとされる説が有力です。
つまり、土用の丑の日にウナギを食べる習慣と、ひつまぶしという料理形式は、別々の時代・別々の土地で育まれた文化だったのです。
「土用の丑の日にひつまぶし」が定着したのは平成以降
では、この二つが結びついたのはいつ頃か。私が調べた限りでは、平成に入ってから全国的に名古屋めしがブームになり、その流れの中で「夏の土用の丑の日=ひつまぶし」という選択肢が広まったと考えられます。
特に2000年代以降、インターネット通販の普及によって名古屋の名店が全国発送を開始。それまで現地でしか味わえなかったひつまぶしが、自宅で手軽に楽しめるようになりました。同時期にテレビの旅番組やグルメ特集で名古屋が頻繁に取り上げられ、「土用の丑の日には、いつものうな重ではなくひつまぶしを」という新しい選択肢が提案されるようになったのです。
地域によって異なる「夏の栄養補給」文化
興味深いのは、夏の栄養補給として何を食べるかは地域によって大きく異なるという点です。関東ではウナギの蒲焼き、関西では鱧(はも)、四国では鰻の白焼き、九州では土用餅や土用しじみ——それぞれの土地に根付いた「夏を乗り切る食」がありました。
名古屋のひつまぶしも、その一つ。ただ、4つの食べ方で味わいを変化させるという独特のスタイルが、他の地域のウナギ料理にはない魅力として注目され、全国区の知名度を獲得していったのです。
私が初めて栄の老舗で食べたとき、店員さんが丁寧に説明してくれた「まずはそのまま、次に薬味を添えて、三杯目は出汁をかけて、最後はお好みで」という作法。これは単なる食べ方の順番ではなく、一つの食材を多角的に味わい尽くす名古屋の食文化そのものだったのだと、今になって理解できます。
土用の丑の日にひつまぶしを選ぶ意味——それは、江戸時代から続く栄養補給の知恵と、明治以降に育まれた名古屋独自の食文化が、平成という時代に出会って生まれた、新しい夏の過ごし方なのかもしれません。
名古屋だけが夏にウナギを食べていたわけではない——全国に残る「土用の○○」
「土用の丑の日にはウナギを食べる」——この習慣は全国的に知られていますが、実は土用の時期に特定の食材を食べる風習は、ウナギだけに限られていません。名古屋でひつまぶしが夏の定番として定着した背景には、単なる地域料理の枠を超えた、日本全体に共通する「季節の変わり目に栄養をつける」という文化的な土台がありました。
「土用の○○」は全国各地に存在する
土用とは、立春・立夏・立秋・立冬の直前約18日間を指す雑節で、年に4回訪れます。このうち特に注目されるのが夏の土用——梅雨明けと重なり、気温が急上昇する時期です。江戸時代から、この時期に「う」のつく食べ物を食べると夏バテしないという言い伝えがあり、ウナギはその代表格として広まりました。
ただし、地域によっては別の食材が選ばれています。関西の一部では「土用餅」を食べる習慣があり、小豆の入った餅で暑気払いをします。長野や山梨では「土用シジミ」が定番で、味噌汁にして肝機能を助けるとされてきました。四国の一部では「土用卵」を食べる風習もあり、栄養価の高い卵で夏を乗り切ろうとする知恵が見られます。
つまり、ウナギが特別だったのではなく、「季節の変わり目に体調を崩しやすいから、栄養価の高いものを食べて備える」という共通認識が先にあり、その土地で手に入りやすく、効果があると信じられた食材がそれぞれ選ばれたのです。
名古屋がウナギを選んだ理由
名古屋を含む東海地方でウナギが根付いた背景には、地理的な条件がありました。木曽三川(木曽川・長良川・揖斐川)や矢作川など、豊富な河川に恵まれたこの地域では、古くからウナギ漁が盛んでした。江戸時代には、名古屋城下でもウナギは比較的手に入りやすい食材だったとされています。
さらに、名古屋の食文化には「濃いめの味付けで米を食べる」という特徴があり、甘辛いタレで仕上げるウナギ料理は、まさにこの嗜好と合致していました。ひつまぶしという食べ方が生まれたのも、一つの料理で複数の味わい方を楽しむという、名古屋らしい合理性と遊び心の表れだったのかもしれません。
「夏の栄養補給」という共通項
ウナギがなぜ夏の栄養補給に適しているとされたのか——それは、ビタミンA・B群、DHAやEPAといった栄養素が豊富に含まれているためです。特にビタミンB1は疲労回復を助け、夏バテ予防に効果があるとされてきました。
ただし、当時の人々がこうした栄養学的な知識を持っていたわけではありません。むしろ「食べると元気が出る」「夏を乗り切れる」という経験則が積み重なり、土用の丑の日という暦と結びついて、文化として定着したのです。
名古屋でひつまぶしを食べるという行為も、こうした文化的な背景を引き継いでいます。タレをかけて食べる一杯目、薬味を加えた二杯目、出汁をかけてお茶漬け風にする三杯目——それぞれの食べ方が、単なる味の変化ではなく、「季節と向き合い、食を通じて体を整える」という日本人の知恵を体現しているのです。
だからこそ、ひつまぶしは単なる名古屋のご当地グルメではなく、土用という季節の節目に根ざした、奥行きのある食文化として今も受け継がれています。
江戸時代、平賀源内が仕掛けた「土用丑の日キャンペーン」の真相
名古屋でひつまぶしを初めて食べたとき、店員さんが「夏バテにもいいんですよ」と軽く言った一言が、ずっと引っかかっていました。ウナギと夏の結びつきは、私も「土用丑の日」という言葉で知ってはいたものの、なぜ真夏にわざわざ脂ののった魚を食べるのか、その背景を深く考えたことはありませんでした。
帰宅後、土用丑の日について調べ始めて驚いたのは、この習慣が江戸時代に始まったマーケティングキャンペーンだったという事実です。しかも仕掛け人は、発明家として知られる平賀源内。彼が関わったとされる「本日土用丑の日」という看板が、いまも私たちの夏の食卓を支配しています。
売れないウナギ屋を救った、江戸時代のコピーライティング
江戸時代、ウナギは本来秋から冬が旬とされていました。脂がのって身が締まるのは寒い時期。逆に夏場は味が落ちるうえ、暑さで傷みやすく、売れ行きが極端に悪かったそうです。困り果てたウナギ屋が、当時すでに知識人として名の通っていた平賀源内に相談を持ちかけました。
源内が考案したのが、「本日土用丑の日」という看板を店先に掲げるという方法です。土用丑の日は暦の上で年に数回訪れますが、特に夏の土用は暑さが厳しく、体調を崩しやすい時期。当時から「丑の日には”う”のつく食べ物を食べると良い」という民間信仰があり、そこに「ウナギ」を結びつけたのです。
この看板が大当たりし、他のウナギ屋も真似をするようになり、やがて「夏の土用丑の日=ウナギを食べる日」という習慣が江戸中に広まりました。現代の感覚で言えば、季節商品のプロモーションを暦と結びつけた、見事なブランディング戦略だったわけです。
「夏にウナギ」は本当に理にかなっているのか
ただ、これが単なる売り文句だけで300年近く続いているとは考えにくい、と私は感じました。実際に夏場のひつまぶしを何度か取り寄せて食べるうちに、夏という季節とウナギの組み合わせには、ちゃんと栄養学的な裏付けがあることに気づきました。
ウナギにはビタミンA、B1、B2、Eが豊富に含まれています。特にビタミンB1は糖質をエネルギーに変える働きがあり、夏バテで食欲が落ちているときの栄養補給に適しています。さらに良質なタンパク質と脂質が、少量でもしっかりとカロリーを摂取できる構造になっている。つまり、食欲がないときでも効率よく栄養を補給できる食材なのです。
名古屋のひつまぶしは、この特性をさらに引き出す工夫がされています。出汁をかけて食べる「お茶漬け風」のスタイルは、暑さで食が進まないときでもサラサラと喉を通りやすく、薬味の山葵や青ネギが食欲を刺激してくれます。タレの甘辛さも、夏の疲れた体にはちょうどいい刺激になりました。
地域によって異なる「夏の栄養補給」文化
興味深いのは、夏の栄養補給として重視される食材が、地域によって大きく異なることです。関西では鱧(はも)、関東ではウナギ、九州では鰻の蒲焼きよりも土用餅や土用しじみが重視される地域もあります。名古屋を含む中部地方では、ウナギ料理が特に発達し、ひつまぶしという独自の食べ方が生まれました。
これは単に食文化の違いというだけでなく、その土地の気候と食材の入手しやすさ、そして暮らしのリズムが反映されているのだと、何度も名古屋に通ううちに実感しました。名古屋の蒸し暑い夏、木曽川や長良川から運ばれるウナギ、そして味噌文化に根ざした濃いめの味付け——それらが重なり合って、ひつまぶしという形に結実したのです。
平賀源内のキャンペーンは確かに「仕掛け」でしたが、それが300年続いたのは、夏という季節とウナギという食材の相性が、実際に人々の体感として支持されてきたからに他なりません。私も今では、夏の終わりが近づくと自然とひつまぶしを取り寄せるようになりました。それは習慣というより、体が求めているからなのだと思います。
なぜウナギが夏の栄養補給に選ばれたのか——ビタミンではなく「食感」の話
「土用丑の日にはウナギを食べて夏バテを防ぐ」——こう聞かされて育った人は多いはずです。実際、ビタミンAやビタミンB群が豊富で栄養価が高いという説明は、健康番組でも定番になっています。
けれど、江戸時代の人々がビタミンの存在を知っていたわけではありません。栄養学が確立されるのは明治以降ですから、土用の時期にウナギが選ばれた理由は、もっと直感的で、体感的な何かだったはずです。
私が名古屋の老舗で初めてひつまぶしを食べたとき、ふと気づいたことがあります。それは、ウナギの「重さ」と「脂」が、疲れた体にちょうどいいという感覚でした。
夏の疲労に対する「油脂の力」
夏になると、あっさりしたものばかり食べたくなります。冷やし中華、そうめん、冷奴——軽くて喉越しのいいものに手が伸びる。けれど、それだけでは午後になると急激に疲れが出てくる経験をしたことがある人は多いでしょう。
ウナギは、そこに「脂」を補給してくれる食材です。ただし、豚バラや牛カルビのようなこってり感ではなく、タレの甘辛さに包まれた、柔らかく喉を通る脂です。これが、夏に落ちた食欲でも受け入れられる理由だと、私は考えています。
実際、栄養補給という言葉の中身は、現代でいうビタミンやミネラルではなく、エネルギー源としての脂質だったのではないでしょうか。炭水化物だけでは持続しない体力を、ウナギの脂が支える——そういう体感が、土用丑の風習を根付かせたのだと思います。
「柔らかさ」が食べられる理由
もうひとつ見逃せないのが、ウナギの食感です。
夏の疲労は、胃腸にも影響を与えます。食欲が落ちる、固いものが食べづらい、噛むのが面倒——こうした状態のときに、ウナギの柔らかさは大きな武器になります。
私が通販で取り寄せて失敗したとき、ウナギが固くなってしまい、あの「するりと喉を通る感覚」が完全に失われました。改めて本場の店で食べ直したときに気づいたのは、ひつまぶしの柔らかさは、調理技術によって意図的に作られているということでした。
蒸しの工程、タレの浸透、そして温め直しの温度管理——これらがすべて揃って初めて、夏の疲れた体でも「食べられる」ウナギになるのです。
出汁をかける意味——水分補給の知恵
ひつまぶしの4つの食べ方のうち、3杯目に「出汁をかける」というステップがあります。これも、夏の栄養補給という文脈で考えると、非常に理にかなっています。
出汁をかけることで、ウナギはさらに柔らかくなり、喉越しがよくなります。同時に、水分を食事と一緒に摂取できるという利点もあります。夏場は汗で水分を失いやすく、脱水状態になりがちです。出汁という形で水分を取り込むことは、現代でいう「水分補給を兼ねた食事」そのものだったのではないでしょうか。
栄養学がなかった時代に、人々は体感で食べ方を編み出していました。ウナギが夏に選ばれた理由は、ビタミンという概念ではなく、脂・柔らかさ・水分という、体が直接求めていた要素にあったのだと、私は考えています。
名古屋のひつまぶしが「4つの食べ方」を生んだ理由と、土用丑との接点
4つの食べ方が生まれた背景には、ウナギの”飽き”対策があった
名古屋のひつまぶしが「そのまま」「薬味」「出汁」「お好み」と4通りの食べ方を持つのは、決して演出のためではありません。一尾を一人で食べきるための、実用的な知恵でした。
私が栄の老舗で初めて食べたとき、店員さんが説明してくれたのはこんな話です。「ウナギは甘辛いタレがしっかり絡んでいるから、一杯目は美味しいけれど、同じ味のまま食べ続けると舌が飽きてくる。だから途中で味を変えて、最後まで楽しんでもらうために薬味と出汁を用意している」と。
実際、私が通販で取り寄せて自宅で食べたときも、一杯目は感動したのに、二杯目をそのまま食べ始めたら、タレの甘さが少し重く感じられました。そこで山葵と青ネギを加えてみると、香りが立ち上がり、ウナギの脂がすっきりと感じられるようになりました。出汁をかけたときの軽やかさは別格で、同じウナギとは思えないほど印象が変わりました。
土用丑の日に栄養補給として食べられた、夏のウナギ文化
ひつまぶしが広まった背景には、夏の栄養補給としてのウナギ文化があります。土用丑の日にウナギを食べる習慣は江戸時代から続いていますが、名古屋では特に「夏バテ対策として、しっかり食べる」という意識が強かったといわれています。
私が名古屋の丸の内で聞いた話では、かつてウナギは「一人一尾が当たり前」だったそうです。ただ、一尾をそのまま丼で食べると、どうしても途中で飽きてしまう。そこで「食べ方を変えることで、最後まで美味しく完食できるように」と工夫されたのが、ひつまぶしの原型だったとのこと。
特に夏場は食欲が落ちやすい時期ですが、出汁をかけることで水分も一緒に摂れるため、のどを通りやすくなります。薬味の山葵や青ネギには食欲を刺激する効果もあり、栄養補給と食べやすさを両立させた、理にかなった食べ方だったわけです。
地域ごとに異なる「夏の栄養食」と、名古屋流の工夫
夏の栄養補給食は、地域によって異なります。関西では鱧、九州では鰻の蒲焼、沖縄ではゴーヤチャンプルーなど、土地ごとに「夏を乗り切る食べ物」が存在します。名古屋におけるひつまぶしは、その一つです。
ただ、他の地域と違うのは、「一つの食材を、複数の味わい方で楽しむ」という構造にあります。同じウナギでも、タレの濃厚さ、薬味の爽やかさ、出汁の軽やかさと、段階的に表情を変えていく。この変化そのものが、食べる人を飽きさせず、最後まで箸を進めさせる仕組みになっています。
私自身、最初は「4つも食べ方があるなんて面倒だな」と思っていました。でも実際に試してみると、味を変えることで舌がリセットされ、同じウナギが何度も新鮮に感じられることに気づきました。土用丑の日に限らず、夏の疲れた体に「ちゃんと食べた」という満足感を与えてくれる——それがひつまぶしの持つ、文化的な役割なのだと理解しています。

